日本の特許庁が特許法の改正により特許権侵害訴訟の審理にアミカスキュリエ制度を導入する検討を進めている。
アミカスキュリエは、「裁判所の友」とも訳され、「裁判所に係属する事件について情報又は意見を提出する第三者」のことを指す。そして、アミカスキュリエが裁判所に提出する意見書のことはアミカスブリーフと呼ばれる(※1)。
特許法が改正されれば、将来的にはその他の知的財産法分野である商標法や意匠法にも波及していく可能性がある。
著作権法は所轄官庁が文化庁なので、このような動きと足並みを揃えるかは不透明だが、導入の可能性はあるだろう。
そこで、一足、いや二足はやく、具体的なイメージを持てるよう米国の現代美術を巡る著作権侵害訴訟Andy Warhol Foundation For The Visual Arts, Inc. v. Goldsmith(※2)でロバート・ラウシェンバーグ財団が提出したアミカスブリーフについて紹介する(※3)。
アンディ・ウォーホル美術財団とゴールドスミスの確認訴訟
本件は、アンディ・ウォーホル美術財団が原告となったウォーホルの『Prince』シリーズ16作品に関して著作権侵害がないことの確認訴訟である。写真家のリン・ゴールドスミスの撮影したミュージシャンのプリンスの肖像写真をベースとした、ウォーホルの『Prince』シリーズについて、フェア・ユースの成否が争点になった。
アンディ・ウォーホル『Prince』シリーズ(1984年)
出典:『Prince』シリーズ裁判訴状9-12頁
リン・ゴールドスミスによるプリンスの肖像写真
出典:『Prince』シリーズ裁判訴状13頁
米国著作権法では原則として著作権侵害になる行為(例えば、写真の複製行為など)でも、次の4つの要素を総合的に考慮してフェア・ユースに当たるかを判断する(※4)。フェア・ユースに当たれば、他人の著作物であっても著作権者からの許可なく、無断で利用できるということだ。
①使用の目的と性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)
②著作権のある著作物の性質
③著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量と実質性
④著作権のある著作物の潜在的市場や価値に対する使用の影響
フェア・ユースに当たるかは総合的に4つの要素を考慮するが、第1要素(使用の目的と性質)が主役になる。この第1要素で「変容的利用」(transformative use)と評価されるとフェア・ユースと認められる傾向がある。
キャンベル事件最高裁判決(※5)によれば、変容的利用かは、「新しい作品が、単に原作品の目的にとってかわるか否かであり、言葉を換えれば、最初の表現を新しい表現や意味または主張を伴って変化させることで、さらなる目的や異なる性格を伴い、何か新しいものを付け加えているか否か」により判断される。
第一審のニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、ウォーホル作品はフェア・ユースに当たる、と判断した。
裁判所は、様々な観点からウォーホル作品がゴールドスミスの写真と異なる表現になっていると認定している。
まず、ゴールドスミスの写真はプリンスが不安を抱えた傷つきやすい人間であることを表現しているのに対し、ウォーホル作品はこれとは対照的な表現となっている点。
構成についてもウォーホル作品では胴体はカットされ、顔と少しのネックラインが前面に出ており、骨格構造がはっきりとした写真の表現は『Prince』シリーズでは緩和されていたり、簡略化されたり、影にされたりしている。また、ウォーホル作品では、写真のような三次元の存在としてではなく、プリンスは平面的な二次元の人物として表現されている。さらに、ウォーホル作品は、派手で不自然なカラーによって白黒の写真と明確なコントラストを成していることも裁判所は指摘する。
これらの認定をして、裁判所は、ウォーホル作品により加えられた表現が、オリジナルの写真とは異なる美、性質を有しており、『Prince』シリーズが不安を抱えた傷つきやすい人物であるプリンスを象徴的で偉大な人物に変容させていると合理的に認識することができる、と判示した。
その後、第2巡回区控訴裁判所での控訴審において、アンディ・ウォーホル美術財団をサポートするため、ロバート・ラウシェンバーグ財団がアミカスブリーフを提出している。
ロバート・ラウシェンバーグ財団アミカスブリーフの概要
このアミカスブリーフは、非常に明快にフェア・ユースの枠組み、特にどのように第1要素の変容性について裁判所が判断すべきかを展開しており、一読の価値がある。
まず、変容性の判断に重要なのは、二次作品がどのように原作品の表現、意味、メッセージを変容させるのかであるという。そして、そのような変容は、物理的に表現を変更した場合もありうるし、外観は同一であっても機能や性格が異なることで起こりうると述べる。
そして、派生的作品(日本の二次的著作物)と変容的作品の違いは、原作品の表現が二次作品で果たす役割にあると説明する。つまり、単に二次作品が原作品のメッセージを採用しているだけであれば、それは派生的作品である。
実際に裁判所がどのように変容性を判断するかについて、このアミカスブリーフは、2ステップでのアプローチを提案する。
まず、原作品と二次作品を並べて比較検討する(できる限りイメージ、写真ではなく実際の作品自体で比較すべきとする。)。
次に、このような比較だけでは変容的か判断できない場合、アーティストによる意図の説明など追加の証拠を検討する。しかし、最終的に検討すべきは、アート作品(二次作品)が合理的にどのように認識されるか、である。つまり、アーティストの説明だけではなく合理的観察者によってどのように認識されるかを検討しなければならない。
変容的か評価するために求められる知識は、作品の機能や性格、作品が提示される文脈によっても異なりうるし、対象とする観衆によっても異なる。
専門知識なしで合理的に認識できる作品もあるだろうし、美術史家やキュレーターなど専門家による証拠がないと理解できない意味やメッセージもある。
そして、単なる視覚表現(外観)からだけではメッセージを理解できない例として、フェリックス・ゴンザレス・トーレスの「Untitled(Portrait of Ross in L.A.)」をあげる。
フェリックス・ゴンザレス・トーレス「Untitled (Portrait of Ross in L.A.)」(1991年)
出典:ロバート・ラウシェンバーグ財団アミカスブリーフ
現代美術の世界では非常に有名な175ポンド(約79キロ)のキャンディーが積み上げられている作品である。このキャンディーは鑑賞者が持ち帰ってよいことになっている。この重さはアーティストのパートナーであるロスの体重と等しくなっており、エイズによってゆっくり体重が減り死んでいったパートナーを反映させた作品なのである。
また、外観が同一であっても、異なるメッセージを伴う表現の例として、アンディ・ウォーホルの「Brillo Box」を取り上げている。
アンディ・ウォーホル「Brillo Box」(1964年)
出典:ロバート・ラウシェンバーグ財団アミカスブリーフ
スーパーマーケットで売っているブリロという食器洗いパッドの外箱のデザインをそのまま木板で彫刻にした有名な作品である。ウォーホルがアート作品としてこの「Brillo Box」を多数制作し、アートコレクターや美術館に売ったことで、アートを大量生産の消費財と変わらぬものとして、ハイアートの境界線が揺さぶられた。
このような作品は、外観に変更は加えていないが、明らかにメッセージは原作品と異なる。
続いて取り上げられるチャールズ・ルッツの「BABEL (Brillo Stockholm Type)」は、ウォーホルの「Brillo Box」をコピーした作品である
チャールズ・ルッツ「BABEL (Brillo Stockholm Type) 」(2013年)
出典:ロバート・ラウシェンバーグ財団アミカスブリーフ
この作品は、アンディ・ウォーホル真贋判定委員会(Andy Warhol Authentication Board)に提出され、当然ながら「DENIED」(ウォーホル作品とは認められない)との判断を得るところまでをプロジェクトとして構成されている。このようなプロセスによって真正性とは何か、だれが真正性を判断するのか、といった問いを提示する。
これも外観はウォーホルの「Brillo Box」、オリジナルのブリロパッケージと同一だが、全く異なるメッセージを含んだ作品であろう。
アミカスブリーフでは、新しい表現、意味、メッセージのためには、「コピー」した作品を変容的とする必要がある、と締め括られている。
第2巡回区控訴裁判所がフェア・ユースの第1要素における変容的利用についてどのようなガイダンスを示すのか、注目される。
※1−−米国の特許訴訟におけるアミカスキュリエ制度について紹介する文献として、加藤範久「特許訴訟に『裁判所の友』は必要か−米国特許訴訟におけるアミカスキュリエ制度について−」特技懇272号(2014)77頁
※2−−The Andy Warhol Foundation For The Visual Arts, Inc. v. Goldsmith et al, No. 1:17-cv-02532 (S.D.N.Y. 2019)
※3−−Brief for the Robert Rauschenberg Foundation as Amicus Curiae Supporting Appellee, the Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. v. Lynn Goldsmith et al, (No.19-2420)
※4−−米国著作権法107条
※5−−Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc., 510 U.S. 569, 114 S. Ct. 1164, 127 L.Ed.2d 500 (1994)