アート作品と贋作。古今東西で度々話題になるテーマですが、実際にどうやってアート作品の真贋を判定するのでしょうか?有名なアーティストであればアーティストの死後、財団が設立されることが多いですが、このようなアーティストの財団で作品の真贋判定を行ってくれるでしょうか?以前はそうでした。しかし、現在は状況が変わっています。
真贋判定から手を引く財団
たとえば、アンディ・ウォーホル視覚芸術財団も現在はアンディ・ウォーホル作品の真贋判定から手を引いています。元々は1995年に真贋判定委員会が財団とは別の非営利団体として設けられて真贋判定を行っていましたが、2011年10月に委員会の解散が発表されました。この流れは実はアンディ・ウォーホル視覚芸術財団だけではありません。ジャクソン・ポロックの妻リー・クラズナーにより設立されたポロック・クラズナー財団は1996年に、2011年にはロイ・リキテンスタイン財団、2012年にはジャン=ミシェル・バスキア財団とキース・ヘリング財団の真贋判定委員会が解散しています。
理由は相次ぐ訴訟です。アンディ・ウォーホル視覚芸術財団に対するものだけで、10件を超えるといわれています。ここではアンディ・ウォーホル(→Artsy Andy Warhol page)の作品を巡る有名な裁判をご紹介しましょう。※1
脚本家で映画プロデューサーのジョー・サイモン・ウィーランは1989年に19万5000ドルでアンディ・ウォーホルの「レッド・セルフポートレイト」を購入しました。サイモン・ウィーランが2001年12月に真贋判定委員会に鑑定のため作品を提出すると、委員会は、2002年に真正な作品ではないとの結論を出し、作品の裏に「真正とは認められない(Denied)」とスタンプを押しました。サイモン・ウィーランは追加の書類を2003年2月に提出しましたが、2度目の委員会の判断も作品は真正ではないというものでした。
これに納得が行かないサイモン・ウィーランは独占禁止法違反でアンディ・ウォーホル視覚芸術財団と真贋判定委員会を相手に裁判を起こしました。財団と真贋判定委員会がウォーホルの作品の市場を共同で制限し、市場における真正なウォーホル作品の数を減らすことで財団の保有するウォーホル作品の価値をつり上げていると主張したのです。結局、2010年11月に裁判は和解で終了しましたが、その影響もあったのでしょう。2011年10月に真贋判定委員会は解体されました。
「レッド・セルフポートレイト」(1964–1965年)
それではどのような手法で作品が本物か否かを判断するのでしょうか?真贋判定の手法を紹介します。
伝統的な手法
ひとつは、「カタログ・レゾネ」に掲載されている作品か否か。「カタログ・レゾネ」というのは、研究者や所属ギャラリーにより編纂されるアーティストによる作品を網羅した総目録のことで、作品の図板、制作年などの基本的な情報の他、作品の所蔵歴、展示会歴なども含まれています。たとえば、ロイ・リキテンスタイン財団はオンラインで公開できるよう準備を進めているそうで、すでに一部が公開されています。
カタログ・レゾネ(ロイ・リキテンスタイン「ヘアリボンの少女」(1965年) )
それから、もちろん研究者による鑑定があります。長年にわたりアーティストの研究をしている専門家が、作品の構成、ストローク、色彩、質感などの特徴を踏まえて判断する手法です。
フォレンジック
さらに、絵具の成分分析、キャンバスに残る指紋の照合などの「フォレンジック」といわれる科学的な手法もあります。たとえば、ジャクソン・ポロック(→Artsy Jackson Pollock page)の時代にはアクリル絵具はまだなかったので、アクリル絵具で描かれていればそれは後の時代に制作された偽物であるということが分かるという具合です。フォレンジック鑑定を行う専門家としてカナダのピーター・ポール・バイロが有名です。
フォレンジックが注目されたストーリーがあります。トラックドライバーを退職したテリ・ホールトンという女性がカリフォルニア州サンバーナーディーノの中古品店で5ドルで購入したジャクソン・ポロック風の絵画が、キャンバス背面の指紋の一致、ポロックのスタジオの床に埋まっていたマッチ棒に付着していた金色とホールトンの購入した絵画に使われている金色の絵具も同一のものであるなどの理由でバイロの鑑定によって本物だと認定されたのです。ニューヨークタイムズ誌のインタビューで、900万ドルで購入したいというオファーがあったそうですが、彼女は作品を5000万ドル以上でなければ売らないと言っています。すごい。5ドルが5000万ドル。このストーリーは「Who the *$&% Is Jackson Pollock?」という映画にもなっています。
テリ・ホールトンの購入した絵画
日本の事例
日本でもアート作品の偽物の話題は散見されます。村上隆(→Artsy Takashi Murakami page)の作品と称して2011年4月22日に開催のオークション用カタログに掲載された「カッパ花子」というタイトルの絵画は贋作であるとして、アーティストの村上隆自身からオークション会社に出品中止を依頼し、主催者であるマレットオークションにより出品中止決定がなされたという事例がカイカイキキのウェブサイトで公表されています。
オークションカタログに掲載された「カッパ花子」
購入したアート作品が偽物だと判明した場合、買主は売主に対して何をいえるでしょうか?日本では錯誤無効の主張が可能です。実際に裁判になった事例を紹介します。※2 買主が版画をピカソのオリジナル版画であり、右下余白の署名がピカソの真筆であると信じて画廊から40万円で購入したが、実はそうではなかったことが判明したという事案で、版画の売買契約が錯誤により無効であり、売主に代金40万円の返還を命じた判決があります。
この版画は、売主からピカソの「道化師」という作品だと説明されたもので、アメリカ鑑定協会上席会員AL・ゴールデン博士名義の「ピカソの作になる『ハーレクイン・アシス』の本物であることを証明する。1960年にバルセロナのラフィカ・アトリエにより100部限定版で印刷され、ピカソが署名したものである」と記載された保証書も買主は受け取っていました。
裁判所がどのようにして偽物だと判断したかというと、カタログ・レゾネに「ハーレクイン・アシス」や「道化師」という作品は掲載されていないこと、ピカソのサイン入り版画の相場が当時少なくとも1枚700~800万円であったのに画廊は1枚10万円で購入していたこと、保証書に記載のある「アメリカ鑑定協会」(American Appraisal Association)という名称の協会は存在しない疑いが強く、また、保証書作成者とされている「AL・ゴールデン」に保証書の真正を確認するために手紙を出したところ、受取人があて所に尋ねあたらないとして手紙が戻ってきたことを認定しています。
コレクターの立場からの対策
色々と事例を紹介してきましたが、本物の作品を安全に購入する方法は、まずアーティストやアーティストが所属するギャラリーから購入することです。映画「ハーブ&ドロシー」ではコレクターの夫妻がアーティストのスタジオを訪れて直接作品を購入している様子が描かれています。これが一番確実な購入方法といえるでしょう。なかなか真似できませんが・・・。
※1 Simon-Whelan v. Andy Warhol Found. for the Visual Arts, 2009 U.S. Dist. LEXIS 44242 (S.D.N.Y., 2009)
※2 名古屋地判平成元年12月21日判タ726号188頁