「現代アートと著作権侵害-フェア・ユースによる他者の著作物を素材とする表現の可能性」で紹介したジェフ・クーンズ(→Artsy Jeff Koons page)。2014年にはニューヨークのホイットニー美術館で回顧展が開催されました。そこでも展示された「バルーン・ドッグ」という有名な作品があります。その名のとおり、形状は風船でつくるお馴染みのバルーン・ドッグですが、素材はステンレス製で、307.3 x 363.2 x 114.3 cmというサイズです。2013年のクリスティーズのオークションではバルーン・ドッグ(オレンジ)がなんと5840万ドルで落札されています。
ジェフ・クーンズ「バルーン・ドッグ」(1994-2000年)
出典:ジェフ・クーンズ・ウェブサイト
今度は訴える側のクーンズ
このバルーン・ドッグを巡って2010年にクーンズが訴える側に回りました。パーク・ライフというサンフランシスコのギャラリーがクーンズに許可なくバルーン・ドッグ型の本立てを販売しているといってクレームをつけたのです。クーンズは、26.5x26.5cmの小さなサイズのバルーン・ドッグも販売していましたので、こちらもクーンズのクレームの根拠とされています。
パーク・ライフのバルーン・ドッグ型本立て
出典:パーク・ライフ・ウェブサイト
ジェフ・クーンズ「バルーン・ドッグ」
出典:タグボート・ウェブサイト
うーん。どうでしょうか。クーンズのクレームに理由があるかは、①クーンズのバルーン・ドッグがオリジナリティのある著作物か、②バルーン・ドッグが著作物だとして、パーク・ライフのバルーン・ドッグ型本立ての販売がクーンズのバルーン・ドッグと類似して侵害になるか、という判断をすることになります。
バルーン・ドッグのオリジナリティ
米国で著作物になるためには、オリジナリティが必要です。「オリジナリティ」というのは、独立して制作され、最低限の創造性を有することだと解釈されています。日本では「創作性」といい、何らかの個性が表れていることが必要だと解釈されていますが、そんなに高度な水準は求められないという考え方は共通しています。
バルーン・ドッグの形状自体はありふれたものでしょう。ただし、クーンズのバルーン・ドッグでは素材や大きさ、質感に特色があります。形状についても、バルーン・ドッグといっても鼻の角度、胴体の長さ、脚のふくらみ方など色々な表現がありえます。そのため、クーンズのバルーン・ドッグは少なくとも最低限の創造性を有するオリジナリティのある著作物といってよいでしょう。
それでは、本立てについて、クーンズのバルーン・ドッグと類似するといって著作権の侵害にすべきでしょうか。本立てとクーンズのバルーン・ドッグを比べると素材も大きさも質感も明らかに違います。形状についても脚のふくらみ具合や鼻の角度などは異なるように見えます。クーンズのバルーン・ドッグとは、オリジナリティのある部分が共通しないでしょう。そのため、結論は著作権を侵害しない、ということになると思います。
その後、2011年にこの紛争は、パーク・ライフは販売の際にクーンズの作品に言及しない、クーンズは法的措置を取らないことを合意して終わりました。パーク・ライフはこれまでも本立ての販売の際にクーンズの作品に言及したことはなかったそうです。
このバルーン・ドッグはセーフ?アウト?
この件について書かれたニューヨーク・タイムズ誌の記事では、パークライフの弁護士が、市場には多くのバルーン・ドッグ製品があるのになぜ私の依頼者だけが狙われるのか疑問だ、アーバン・アウトフィッターズのバルーン・ドッグ・クリスマス・オーナメントのほうがよっぽどクーンズの彫刻に似ているじゃないか、といっています。さて、どうでしょうか。
バルーン・ドッグ・オーナメント
出典:アーバン・アウトフィッターズ・ウェブサイト
どう思いますか?たしかに質感は似ていますね。クーンズのバルーン・ドッグを意識しているのかもしれません。ですが、胴体の長さや鼻の角度は違います。これを著作権侵害にすべきでしょうか?私としては、これもセーフでよいのではないかと思います。
他方で、クーンズの小さなバルーン・ドッグを第三者が無断でつくって販売したら、さすがに著作権侵害を認めてあげないとアーティストに酷な気がします。
侵害にするかどうかは、結局のところ、侵害にして権利者を保護する結論と侵害にしないでその表現を許容するという結論のいずれが文化の発展につながるのかという微妙な判断なのです。なので、境界線はそんなにはっきりとは引けません。
画像検索すると、色々と出てきます。特に目を引くのはAliexpressで売られているバルーン・ドッグ。これはさすがに...。
バルーン・ドッグ・オーナメント
さて、勉強のためニューヨーク留学中にパーク・ライフのバルーン・ドッグ型本立てを購入しました。現物をご覧になりたい方はぜひ弊所までお立ち寄りください。