小さな権利処理のミスが思わぬ大きな結果を招くことがあります。それを教えてくれるのが、
今回の「自由の女神」のケースです。*1 招いた結果の金額は、なんと約355万5000ドルです!
「自由の女神」の切手を巡って
米国郵政公社(United States Postal Service、「USPS」と呼ばれます。)は、2010年12月に発売した普通郵便切手に「自由の女神」と「国旗」のイメージを使用しました(Lady Liberty and U.S. Flag Stamp)。ところが、その「自由の女神」は、ニューヨークにあるオリジナルではなく、ラスベガスのニューヨーク・ニューヨークホテル&カジノに設置されたオリジナルのレプリカで、彫刻家のロバート・デビッドソンが1996年に制作したものでした。USPSは、彫刻家から許諾を得ておらず、裁判に至ります。
Lady Liberty and U.S. Flag Stamp
出典:USPSウェブサイト
写真を見比べてみましょう。
(左)USPSの普通郵便切手 (右)オリジナルの自由の女神
出典:USPS Loses $3.5 Million in Copyright Infringement Lawsuit over “Sexy” Statue of Liberty Stamp
ニューヨーク・ニューヨークホテル&カジノに設置された原告作品
被告となったUSPSは、原告の作品は、オリジナルの自由の女神のレプリカで創作性はない、と主張しましたが、裁判所は採用していません。
写真を見比べると分かるように、原告自身が、「より少しモダンで、より少し女性的に」「よりソフトで」「より現代的に」と語っているように原告作品の顔は、アゴのラインが小さくなっており、顔全体もより丸みを加えられ、オリジナルからは変更して制作されています。
USPSは、切手の元にした写真に関して、写真家の許諾をとっていたのですが、彫刻家の許諾はとっていませんでした。なぜこのようなことになったのか、判決文では詳細に認定されています。
2008年に切手のデザインをアップデートすることになり、新しいイメージを探していたUSPSの担当者は、フォトアシストという会社と契約し、「国旗」と「自由の女神」のイメージを探していました。自由の女神は過去に20回以上他の切手に使用していたため、何か違いのあるユニークなイメージを求めていたということです。
USPSの担当者は、24枚のイメージを選定し、さらに国旗と自由の女神、それぞれ3枚まで候補を絞りました。2枚はオリジナルの自由の女神の写真だったのですが、その中に含まれていた1枚が原告の自由の女神のレプリカの写真です。この時点では、担当者は、オリジナルの自由の女神ではないことに気がついていなかったそうです。
最終的に、USPSの担当者は、原告の自由の女神の写真を採用することに決定し、2010年6月にゲッティ・イメージズから1500ドルでイメージを100万枚プリントするための権利を購入しました。そして、2010年12月、国旗とペアで切手の販売が開始されたのです。
それから数ヶ月後の2011年3月にSunipixというストックフォトの会社で働く個人からUSPSに切手のイメージは原告作品ではないか、という内容のEメールが届きます。これにより、USPSは切手に使用したのがオリジナルではなく、原告の自由の女神の写真であったと分かったのです。
その後、USPS内部で色々とやりとりがあったようですが、USPSは結局この切手の販売を継続します。2011年6月時点では105億枚の切手が印刷されており、44億枚がすでに売れた状態になっていました。2014年1月に販売が終わるまで合計49億枚の原告作品の切手が販売されたと認定されています。
なぜこんなに高額になったのか?USPSは、通常、切手に使用するイメージに支払うライセンス料は最大でも固定で5000ドルだと主張しました。しかし、裁判所は、損害額の算定について、当事者が仮定的なライセンス交渉を行ったらどうなるかを検討し、すでに無許諾でUSPSが原告作品を使用した切手を大量に販売してしまっている状況下では、USPSは取引に応じざるを得ない状況にあるとしています。最終的に、裁判所は、5000ドルの固定ライセンス料に加えて、不使用の切手分の売上に5%を掛けたロイヤルティを認めました。
不使用の切手分をベースとしているのは、切手の特殊性があるそうです。コレクションするときのように郵便切手を購入者が使用しない場合、切手の販売額はそのままUSPSの利益になります。そのため、USPSの運営上、どれくらいの購入者が切手を使用しなかったかの比率は重要な指標になるそうです。このケースの切手では、3.24%が不使用分と見込まれ、切手の売上額は、約22億ドルとなります。22億ドルに3.24%を掛けて、約7100万ドル、それにさらに5%を掛けて計算すると約355万5000ドルになるというわけです。
3枚まで絞ったときにもっと注意深く見て、最初から彫刻家から許諾をもらいにいっていれば…。権利処理をせずに大々的に作品を使用してしまったために厳しい結果を招くことになった事例といえるでしょう。
パンシロントリム事件を振り返る
この判決を読んでいて、なんだか似てるな、と思った事例があります。日本で裁判になったパンシロントリム事件です。*2
ロート製薬の胃腸薬「パンシロントリム」のパッケージ、使用説明書、商品リーフレット、店頭ディスプレイなどに著名なポスター作家カッサンドルの著作権を侵害するイラストを使用したケースでは、裁判所は使用料を売上額の2%と認定し、売上高14億5423万1364円の2%である2908万4627円の使用料の支払いをカッサンドルの遺族に認めました。
ロート製薬は、図柄の制作を株式会社コア・グラフィスに委託し、同社のデザイナーがペンタグラム社発行の「IDEAS ON DESIGN BY PENTAGRAM」に掲載されていたデザイン画を参考にして図柄を制作し、この図柄がロート製薬に採用されました。この参考にしたデザイン画がカッサンドルの二次的著作物だったのです。
ロート製薬イラスト
出典:パンシロントリム事件別紙
デザイナーが参照した『IDEAS ON DESIGN BY PENTAGRAM』のページ
出典:Pentagram, IDEAS ON DESIGN, 1986, p.106
カッサンドル作品
出典:パンシロントリム事件別紙
デザイン画が掲載されていたページの左上欄には、「ロンドンのデザイナーズ アンド アートディレクターズ協会の21周年記念に再登場。昔のデュポネの広告でおなじみのキャラクターで、すでに引退していたのだが、盛装してお祝いに。オリジナルのアーティストは、偉大なるカッサンドル。この新キャラクターも、大切なグラスを手離していないことに、彼が満足してくれるといいのだが。」という記載がありました。そのため、コア・グラフィスのデザイナーは、許諾が必要という認識は持っており、ピーピーエスという著作権処理を扱う会社にペンタグラム社に許諾を得るよう依頼しています。
しかし、デザイナーは、原著作物の権利者(カッサンドル遺族)からの許諾の取得は依頼していませんでした。ペンタグラムからは、同社は許諾を出す権利を持っていない、という回答がされていましたが、ピーピーエスからコア・グラフィスに対しては許諾が得られたとの誤った回答が口頭でなされました。
ロート製薬は図柄を最終的に採用するにあたり、この図柄が第三者の著作権等を侵害することがないか確認をとりましたが、コア・グラフィスのデザイナーは、ピーピーエスからの回答があったことから問題ないと報告します。ロート製薬はそれを信用し、特にそれ以上確認することなく図柄を使用しました。なお、ロート製薬は、コア・グラフィスのデザイナーから参考にした図柄があることを伝えられていなかったという事情があります。
ふたつの事例の共通点
ふたつの事例の共通点として、イメージを事業で使用する会社が別会社に制作を委託し、その会社がミスをしてしまっている点があります。また、損害額が高額になっている点も共通します。いずれの事例でもイメージを使用した商品の売上高のパーセンテージで損害額を算定する方法を採用しています。
もっとも、自由の女神のケースでは、USPSの担当者も自ら写真の選定を行っており、関与の度合いは強く、フォトアシストも関与しているものの、USPSは自分で注意深く見ていればオリジナルの自由の女神ではないと気づいて然るべきでしょう。
これに対して、パンシロントリム事件では、ロート製薬は、デザイナーから他の著作物を参照して図柄を制作したこと自体を知らされていないことからすると、権利者からの許諾が必要かも分からない状況にあります。それでも、裁判所は、コア・グラフィスのデザイナーがどのようなデザインに依拠して図柄を作成し、どのような著作権の使用許諾手続をとったのか何ら確認、調査していないと指摘して、ロート製薬の監督責任を否定しませんでした。
要するに、著作物を最終的に使用する人が責任を持って権利処理をしてね、ということなのですが、依頼する会社としては委託先がしっかり権利処理してよ、と言いたい気持ちも分かります。
しかし、裁判所はなかなか厳しいのです。
*1 Davidson v. United States, No. 13-942C (Fed. Cl. June 29, 2018)
*2 大阪地判平成11年7月8日判時1731号116頁〔パンシロントリム事件〕