著名な彫刻家の作品を第三者が無断で複製したら、裁判所はいくらの損害賠償を認めるのか?シンプルな事案だが、実際の著作権侵害事件でどのように損害額が計算されるのかは意外にイメージしにくいのではないだろうか?
大阪地判令和2年1月14日(平成30年(ワ)第7538号)は、著名な彫刻家である故富永直樹(以下「彫刻家」という。)の彫刻作品を無断で複製した行為について、6290万円の損害賠償請求が認められた事案である。
原告の主張(過去の複製許諾料)
原告は、著作権法114条3項という使用料相当額を損害と推定する規定を根拠として損害額を主張した。
原告は、彫刻家の長男で彫刻家の著作権を相続した相続人である。他方、被告は「渡辺美術」、「株式会社大景」という名称で美術工芸品の販売を営んでいた。
裁判所が認定した被告による複製品の販売数は次のとおりである。なお、被告の販売は平成16年ころから平成28年ころまでに行われた。一部の作品の複製については刑事事件にもなっている。
富永直樹「クリスマスイヴ」
出典:北日本新聞ウェブ
富永直樹「初舞台」(1995)
出典:長崎県美術館
富永直樹「大将の椅子」(1984)
出典:長崎県美術館
原告は、彫刻家の作品の複製品の製造を第三者に許諾する場合の許諾料として次の金額を主張していた。裁判所の認定は次のとおりである。
被告の反論(複製期間の市場価格の低迷)
これに対して、被告は、大手百貨店で令和元年8月に開催された美術品オークションで「大将の椅子」の最低入札価格が68万円であったことから、彫刻家の作品の市場価格は低迷しており、使用料相当額は原告主張の許諾料の15%程度であると反論した。また、被告が製造した複製品を安価に販売しており、利益は低額とも主張している。
裁判所の判断
裁判所は、次のとおり損害額を計算する基準について述べている。
著作権の許諾は,多くの場合,特許権の実施許諾契約の場合に見られるように, 実施権者が,自らの製品の一部に当該特許発明を用いて製造するといった態様ではなく,許諾を受けた者が,当該著作物をそのままの形で使用する態様が採られ,他の著作物による代替も予定されていない。また,本件のような著名な芸術家による高価な芸術作品の複製に関する許諾の場合には,大量の複製品の製造及び流通は通常予定されておらず,許諾を受けた者が制作する複製品の品質の評価が,著作者である芸術家の評価に直接影響することから,許諾に際し,慎重な選考が行われたり,複製品の製造数量が限定されたり,複製品の価格設定を著作権者が行ったり,比較的高い料率が設定されたりすることが考えられる。
そうすると,このような場合において,「その著作権...の行使につき受けるべき金銭の額」,すなわち許諾料相当額は,相手方又は第三者との間における当該著作権に係る許諾契約における許諾料や,その算定において用いられた事情,あるいは業界慣行等一般的相場を基礎として,著作物の種類及び性質や,当該著作権の許諾を受けた者において想定される著作物の利用方法等を考慮し,個別具体的に合理的な許諾料の額を定めるべきである。
具体的には、原告主張の過去に許諾した際の許諾料を出発点としつつも、マイナス点として、平成18年に原告が彫刻家から著作権を相続した後の許諾料、作品の販売価格、販売数量について立証がないこと、「大将の椅子」について令和元年におけるオークションで最低入札価格と実際の販売価格との間には相当程度の開きが生じ得ることを考慮しても、従前の450万円で取引が行われているかは不明であり、過去の許諾料は平成元年から平成9年にかけてなされたもので、平成16年から平成28年までの許諾料としてそのまま適用することは困難とした。
なお、裁判所は、被告が得た利益が少ないことは著作権側が一定の水準以下では複製も複製品の販売も認めないとしている場合に無断で複製をした者が廉価で販売することで、許諾料相当額を大きく下落させることは相当ではないとして、採用していない。
結論として裁判所は原告主張の許諾料の半額を相当と認め、次のとおり損害額を算定した。
まとめ
原告は、(1)過去に第三者に許諾した実績があればその許諾料が出発点とはされるものの、(2)被告が複製した期間においても同額の許諾料が適用されることを立証しなければならない。
本件とは逆に、被告により複製した期間のほうが作品価格が上昇しているようなケースでは、過去の許諾料以上の損害額が認定されることもありうるだろう。